逃げちゃダメじゃない逃げちゃダメじゃない逃げちゃダメじゃないpart3
お疲れ様です。ミニマリストrokiです。
さらに前回からのつづきです。
23歳の夏
生活の変化
アルバイト生活も2年以上と長期化してくる中で、いくつか悪い変化がありました。
・アルバイト先の一つ、コンビニが潰れた
入りにくい立地の為、かなり客足が悪かったので予想はしていました。暇そうだったので、勤務先に選んだのが仇となりました。
当然、その分の生活費が下がってしまいます。
・正社員登用の話しが無くなった
TSUTAYAの社員から「アルバイトも長いし正社員登用制度もあるけどどう?」という話しを頂いていました。
当初は、過酷な労働環境を間近で見た事に加え、待遇面に不満があった為、渋っていましたが、転職も思うように進まない事から、アルバイトで慣れたここで社員もありかなと思い、選考を希望しました。
しかし、いざ選考をお願いすると話しが前に進まず、不景気を理由に正社員登用がご破算になってしまいました。
・夜型人間になってしまった
アルバイトがTSUTAYAだけになってしまい、勤務時間も18時から25時までと夜勤寄りの時間になってしまい、朝寝て夕方に起きる生活になってしまい、転職の選考があっても万全の状態で挑めなかったり、起きる事ができず辞退する事もありました。
23歳の冬
2年ぶりの転職
この頃になると、事務職に絞って選考など言ってられず、接客・販売・営業など幅広く職種で応募していました。
そんな中、唯一正社員で採用されたのが、携帯ショップの店舗運営スタッフでした。
特に選考らしい選考もせず、書類選考なしの当日面接一発採用でした。正直不安が大きかったですが、少しでも前に進みたいという思いで転職しました。
そして勤務場所は地元ですが、なぜか研修で本社がある県外の店舗で1ヶ月研修を行う事になりました。
しかも宿泊先は会社の寮ですが、職場の先輩とルームシェア。起床後、本社で管理職と朝礼を行い、社用車で店舗へ向かうという生活を1ヶ月。
お店で注意を受け、その人と一緒に帰宅し、家も一緒というのは、心休まる暇が無く、精神的にも肉体的にもかなり辛かったです。
そんな生活も期間限定だと思う事で乗り越え、やっと地元へ帰る事ができました。
地元店舗のスタッフは年齢が近く話しやすい方が多く、すぐに馴染む事ができ仕事も少しずつ覚えて、モチベーションも上がり始めました。
しかし突然上司からの指示で、急遽異動を命じられました。配属後、たった2ヶ月しか経っていない事に加え、別のキャリアへの異動です。
同じような仕事とは言え、また一から仕事を覚え無くてはいけない事に嫌気が差し、多忙の為まともに休憩がとれず、開店から閉店まで一切休憩がない事もしばしばありました。
スタッフも最小人数しかおらず、週に一度の店舗休業日以外の休暇はありません。
そんな無茶な働き方をさせられたにも関わらず、交通費の支給が無く(自宅から車で30分程)さらに試用期間が過ぎた後も正社員にもしてもらえず、あまりにも理不尽な扱いに退職を決意しました。
これで3度目の逃げの退職です。
自分ができる仕事なんてあるのだろうか?
その後、TSUTAYAのアルバイトを数日だけ入れながら、転職活動を再開しました。
前回と同じく職種など選ばず手当たり次第に応募していき、いくつか採用頂き、働き始めました。
・家電量販店の携帯コーナ担当(契約社員)
携帯ショップで勤めていたから、最低限の知識はあるので大丈夫だろうという安易な気持ちで始めました。
お局のパワハラが酷過ぎて数週間で退職しました。
同僚にここまで悪意を持った言動を向けられた事が無く、悲しいとか悔しいとか以前に、相手の感情が一切理解できなかったです。
それは宇宙人を相手にしているような感覚です。
・生花の卸売会社(正社員)
給料や休暇等の待遇が良かった為、始めました。
早朝勤務の場合、5時頃に出勤する事もあり、早起きが辛かった事に加え、肉体労働の過酷さ、職場内に馴染む事ができず退職しました。
この頃は、完全に逃げ癖が付いていました。
自分がとても惨めな存在に思え、仕事をしている人達が天上人に見え、仲が良かった友人とも疎遠になってしまいました。
この悪夢から抜け出す事ができるのはいつの日になるのか・・・
つづく